今日は9月の19日です
今日、ヨルダンを出国して日本に帰ります
今は色んな感情が渦巻いていて、とても複雑な気分で
まるで言葉になってくれそうにもないので帰って落ち着いたら研修のことを振り返ってみようと思います
なんだろう、でもとりあえず一つ言えるのは
「来て良かった」
確かに仕事面とか苦労もすごく多かったけど
でも来て良かったと今は心から思えます
そしてここで出会った数多の素晴らしい人々に心から感謝
僕を送り出してくれたKOLCのみなさんにも果てしなく感謝
今日もアンマンの夜空はすごく綺麗で
東京では見られないような沢山の星々がこっちを見下ろしてて
なんだか見てると感傷的な気持ちになる
いつまでもいつまでも星空をぼーっと見ていたい気分だけど
夜風が冷たいからそろそろ帰ろうかなー
2010年9月19日日曜日
2010年9月8日水曜日
夏の終わり
アンマンはもうすっかり秋の装いになりました
夜になると20℃切ります、寒いです…
そしてラマダンも明日くらいに終わります
ラマダンが終わると国全体でそれを祝うので休日になります、4日間くらい
それが終わってちょっとすると…帰国ですね
最近まるで音沙汰が無かったのは研修的に全く進展が無かったからです
正直あの施設、SOSに対して僕ができること、したいことはもう何も思い浮かびません
こっちに来てからずっと色々考えてきましたがどうやら何も形にできずに終わりそうです
僕の思慮が足りない、努力が足りないだけかも知れませんが
自分なりに試行錯誤した結果です
でもまだ多少の時間は残されているのでその時間は
他の孤児院や難民キャンプの見学にでも費やそうかなーと思います
まあそんなこんなで気分的に最近落ちてます…(-_-;)
仲良くなったEPも続々と帰国していってしまうし…
(そういえば真奈美さんあてのビデオレターをケイト、ポールと作成したのでお楽しみに!笑)
じゃあ今日はこのテンションに任せてちょっと暗いこと書きます!!
中東の抱える重大な問題の一つにパレスチナ問題があります
簡単に言えば一つの領土の中にユダヤ人がイスラエル、アラブ人がパレスチナを建国してしまった
ために生じている問題のことです
現在のヨルダン川西岸地域にはイスラエル人が住んでおり、パレスチナ人は故郷を追われて難民となりました
その闘争の中で今まで多くの血が流されてきました
そもそもこのような問題が生じてしまった背景にはイギリスの身勝手な外交があります
まあこの辺の話は今は割愛しますが…
そういった経緯でパレスチナ(アラブ人)はイスラエルという国家を認めていません
彼らにとってイスラエルとはOccupied Palestine(占領されたパレスチナ)なんです
シリアなどに入国する際に、イスラエルに入国した形跡がある人は入国を拒否されたりします
この前実際にシリアにいった時にそういった溝を実感した瞬間がありました
ダマスカスの旧市街を歩いていたときふと道にイスラエル国旗が埋め込まれているのを目撃しました
そしてそのうえを多くの人が踏みつけて去っていくので国旗はボロボロ
なんかそれを見てすごい僕は複雑な気持ちになりました
シリアの人って本当にみんなホスピタリティの塊のような、心優しい人たちなんですけど
そういった人たちがイスラエルへの憎しみを風化させないようにこんなことをしているんだなあと思うと
ちなみにヨルダンにおいては実は状況が少し違います
ヨルダンは他のアラブ諸国とは一線を画した独自外交を展開しており
イスラエルとも友好的な外交を進めています(イスラエルと国交があるアラブ諸国はヨルダン、エジプトのみ
)
湾岸戦争の時も一時イラクよりの態度を取ったため他の国から批難を受けたこともありました
国内に資源をほとんど持たないヨルダンが生き残っていくためには
資源の豊富なイラク、資金力のあるイスラエルなどと協調していくことが不可欠なんですよね
でも実はヨルダン国民の7割くらいはパレスチナ人だったりするので
なんだか民族問題ってのもよくわからないですね
とまあ柄にも無く少し真面目なことを書いてみました
たまにはこういうことも書かないと研修ブログっぽくないので笑
写真はヨルダン南端のアカバから見たイスラエルの夜景
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